先日、チリで大きな地震があって多くの犠牲者が出ました。
地震が起きたのは日本から遠く離れた地球の裏側の国の事ですが今回の地震に関しては色々な教訓を得る事が出来ました。
まずその一つ目は日本のライフラインの弱点です。
今回の「大津波警報」の発令によって東名高速の富士~清水I.C.間が通行止めになり、平行して走る国道1号線もストップしてしまいました。
更にやはり同じ海岸線を走るJR東海道線も運転を見合わせたために関東と関西を結ぶ交通機関は唯一東海道新幹線だけになってしまいました。
新幹線だけでは人間を運ぶ事しか出来ませんから物資の輸送はアウトです。
これは、1974年に静岡地方を襲った大雨、いわゆる「七夕豪雨」の時も全く同じ状況で数日間にわたって東西の交通が分断され大打撃を蒙ったものでした。
その時に東西交通の要所である「薩埵峠」は災害に弱く、ここがストップしてしまうと東西交通は完全に麻痺してしまう事を学んでいたはずです。
海岸から山までほんのちょっとの距離の所に東名高速、国道1号、JRとこれだけ密集していますからねぇ。
にもかかわらず今回の交通麻痺。
不幸中の幸いで実際の被害がなかったため翌日には平常に戻りましたがあれで実際に津波が来て道路や線路が破壊されていたなら一体どうなっていた事でしょう?
第二東名が完成すれば東西交通の分断と言う危機は避けられるのかも知れませんが更なる危機回避策が望まれるところであります。
もう一つの教訓は今回の「大津波警報」発令の妥当性です。
皆さんご存知の通り今回の騒動は「大山鳴動ねずみ一匹・・・」みたいな終わり方でした。
警報を出した気象庁も異例の「おわび会見」を行なったぐらいで後味の悪いものになりました。
恐らく50年前に起きた今回と同じチリでの地震の時に警戒を怠って140人以上の犠牲者を出してしまった事が意識の中に働いてしまって今回の過剰とも言うべき警報発令になったのだと思いますが、これによって影響を受けた人は大勢いました。
賢パパの知り合いだけを見ても奈良から東京に帰る時にもろに影響を受けた
「工場長」。
富士から静岡に帰るのにものすごく迂回をさせられて何時間もかかってしまった賢パパの会社の上長。
信州方面に遊びに行っていて帰りの道路が超渋滞でやっと翌朝に帰り着いた若者達。
ちょっと周りを見ただけでもこれだけの方たちが影響を受けたのだそうです。
出す方にしてみれば前回50年前の時の教訓で「ちょっとぐらいオーバーに情報を流しておけばみんな警戒するだろう」ぐらいに考えていたのかどうかは知る由もありませんがこの警報のお陰で迷惑を蒙った人が大勢いたことは事実です。
そして・・・もっと心配なのが次にこう言う事があった時「どうせ又大したことないんでしょ」と避難指示や勧告に従わない人が大勢出ることが想定される事なんです。
オオカミ少年を例えに出すのが適切かどうかわかりませんが、人間って過去の記憶を元にして判断する事が往々にしてありますからねぇ。
こんな事を書いた後、ネットで「オオカミ少年」で検索してみたら同じ事を考えている方が大勢いるみたいで今回の事が結構話題になっているんですねぇ。