2009年05月25日
山の想い出(蔵王山)
1969年の秋に朝日連峰を縦走したのが賢パパにとって初めての登山でしたがその次に山登りをしたのは実にそれから2年も経った大学4年生の夏でした。
同じ大学の寮に住むY君という同級生がいて、ある夏の夜、部屋に遊びに行くと何やら荷物を広げていました。
何をしているのかと尋ねると「明日山に行く」と言います。
その時、2年前の朝日連峰に登った話をすると一緒に行こうと誘われたのです。
勿論、道具など何もありませんからどうしようか迷っていると友達のを借りてくれると言います。
それなら行ってみようかと相談がまとまり、一緒に連れて行ってもらいました。
朝一番のバスに乗り登山口まで行きました。
登り始める直前になってこれから登る山が「蔵王山」であることを聞かされました。
確か「笹谷峠」から登り雁戸山から南下して熊野岳まで縦走したと記憶していますが定かではありません。


真夏なのに雪渓が残っていた事と「カモシカ温泉」という温泉があった事を覚えているのですが温泉に入ったのかどうかは記憶にありません。
学生時代の4年間を山形で過ごしましたが山に行ったのは朝日連峰と蔵王山の2回だけ。
勿論スキーでは数え切れないぐらい蔵王に行きましたが、後になって考えてみれば飯豊山だって月山だって近くにあって、ちょっと足を延ばせば鳥海山にだって行けたはずなのに・・・・・
全くもったいない事をしたものです。
同じ大学の寮に住むY君という同級生がいて、ある夏の夜、部屋に遊びに行くと何やら荷物を広げていました。
何をしているのかと尋ねると「明日山に行く」と言います。
その時、2年前の朝日連峰に登った話をすると一緒に行こうと誘われたのです。
勿論、道具など何もありませんからどうしようか迷っていると友達のを借りてくれると言います。
それなら行ってみようかと相談がまとまり、一緒に連れて行ってもらいました。
朝一番のバスに乗り登山口まで行きました。
登り始める直前になってこれから登る山が「蔵王山」であることを聞かされました。
確か「笹谷峠」から登り雁戸山から南下して熊野岳まで縦走したと記憶していますが定かではありません。


真夏なのに雪渓が残っていた事と「カモシカ温泉」という温泉があった事を覚えているのですが温泉に入ったのかどうかは記憶にありません。
学生時代の4年間を山形で過ごしましたが山に行ったのは朝日連峰と蔵王山の2回だけ。
勿論スキーでは数え切れないぐらい蔵王に行きましたが、後になって考えてみれば飯豊山だって月山だって近くにあって、ちょっと足を延ばせば鳥海山にだって行けたはずなのに・・・・・
全くもったいない事をしたものです。
2009年05月16日
山の想い出(1)朝日連峰
賢パパのブログは初めからブログを書くのが目的で始めたものではなくて山登りの記録を書き込む「みんなの山行記録」というサイトに無料でHPを開設してもらってせっせと記録を書いていたのが一歩進んでブログの道に入ったものです。
ところが最近(と言ってもだいぶ前からですが)サーバーの調子が悪いらしくブログのアップや山行記録の書き込みに2時間、3時間がかかるようになってしまい・・・
それでも何とか続けて来たのですが回復の見込みがないので断腸の思いで引っ越しを決断したのです。
と言うわけでブログも最初は山に関する話題が多かったように記憶しています。
こちらのブログでも週に2,3回は山の話題を書いて行きたいと思いますのであまり興味がないと言う方も我慢してお付き合い下さい。
さて、今日はその第一回目という事で賢パパの山登りの原点となった山行の思い出を紹介させて頂きます。
記録によれば1969年とありますから賢パパが20歳の秋ですね。
それまでは山と言ったら里山歩きの経験ぐらいしかありませんでしたが同じ学生寮に入っていた同級生が朝日に行くと言うので頼み込んで一緒に連れて行ってもらう事にしたのでした。
着る物からザック、靴まで借り物という今考えてみたら冷や汗もの(初めての靴でよく靴擦れが出来なかったものです)の山行でした。

もう40年も昔の事なので記憶はずいぶん薄れてしまっていますが山形からバスに乗って終点まで行き、登山口までの林道を歩いていると後ろから走って来た軽トラが荷台に乗せてくれた事をどういうわけかはっきりと覚えています。
初日の鳥原山への登りがきつかった事と泊まる予定だった鳥原小屋が見つからなくて焦った事帰りの「バカ平」という所の下りがだらだらと長かった事もよく覚えています。

何から何まですべて人任せの初山行でしたがこの時に山歩きの楽しさを覚えていつかは別の山にも登ってやろうと考えていたのかも知れません。
それでもこの後山に登るのは2年後の事になります。
環境的には大変恵まれた所に住んでいたのに・・・
今になって考えてみればとてももったいない事をしたものです。
ところが最近(と言ってもだいぶ前からですが)サーバーの調子が悪いらしくブログのアップや山行記録の書き込みに2時間、3時間がかかるようになってしまい・・・
それでも何とか続けて来たのですが回復の見込みがないので断腸の思いで引っ越しを決断したのです。
と言うわけでブログも最初は山に関する話題が多かったように記憶しています。
こちらのブログでも週に2,3回は山の話題を書いて行きたいと思いますのであまり興味がないと言う方も我慢してお付き合い下さい。
さて、今日はその第一回目という事で賢パパの山登りの原点となった山行の思い出を紹介させて頂きます。
記録によれば1969年とありますから賢パパが20歳の秋ですね。
それまでは山と言ったら里山歩きの経験ぐらいしかありませんでしたが同じ学生寮に入っていた同級生が朝日に行くと言うので頼み込んで一緒に連れて行ってもらう事にしたのでした。
着る物からザック、靴まで借り物という今考えてみたら冷や汗もの(初めての靴でよく靴擦れが出来なかったものです)の山行でした。

もう40年も昔の事なので記憶はずいぶん薄れてしまっていますが山形からバスに乗って終点まで行き、登山口までの林道を歩いていると後ろから走って来た軽トラが荷台に乗せてくれた事をどういうわけかはっきりと覚えています。
初日の鳥原山への登りがきつかった事と泊まる予定だった鳥原小屋が見つからなくて焦った事帰りの「バカ平」という所の下りがだらだらと長かった事もよく覚えています。

何から何まですべて人任せの初山行でしたがこの時に山歩きの楽しさを覚えていつかは別の山にも登ってやろうと考えていたのかも知れません。
それでもこの後山に登るのは2年後の事になります。
環境的には大変恵まれた所に住んでいたのに・・・
今になって考えてみればとてももったいない事をしたものです。